50年以上の時を経て
幼少期を、私は鎌倉で過ごしました。「あら、素敵ね〜」と言っていただくことが多いのですが、50年前は今のようなオシャレな街ではありませんでした。夜8時をまわれば、文房具屋もお菓子屋も八百屋もすべてシャッターを下ろして、暗くひっそりとした街になります。西暦710年に建てられたという、鎌倉で最も古い神社のすぐ近くの木造平屋の、古く小さな借家に私たち家族は住んでいました。鬱蒼とした木々に囲まれていたため、夏には巨大なクモやゲジゲジが部屋の畳を這って出てくるのがほぼ毎日。『鎌倉』という響きがもたらす優雅な暮らしとは全く異なる生活でした。
それでも、小学生だった私の夏休みは、今振り返るととても豊かだったと思います。神社の杜の騒がしいほどの蝉の声、夕暮れどきのヒグラシの歌、町内会の盆踊り、由比ヶ浜での海水浴、裏山に作った秘密基地……。
先日、この懐かしい地に、両親と姉と私で訪れることができました。私たちの住んでいた借家の2軒先の豪邸が、古民家蕎麦屋になってオープンし、人気ドラマの撮影にも使われたのです。家族で思い出話に花を咲かせながらお蕎麦をすすり、食後に周囲を散歩。神社の境内に忘れられたように立っている錆びついた鉄棒を発見して、歓喜。「これって私たちが逆上がりを練習した鉄棒だよね!?」……最後までできるようにならなかったけれど。
私たち家族の住んでいた借家は取り壊され、小さな畑になっていました。
たくさんの思い出をくれた土地に、50年以上の時を経て家族とたたずむことができた幸せをかみしめながら、私と姉を育ててくれた両親、そしてこの土地に、心の中で手を合わせるのでした。
文 中村幸代