TopicsEssay

心で前を向いて

2018.4
文:中村幸代


今朝、私鉄からJR線に乗り換えるとき、桜色のコートを着た、目の不自由な若い女性を見かけました。杖でリズミカルに足元をたたきながら、しっかりとした足取りで乗り換え改札へと進んでいかれました。ただその時、とても人が多く混雑していたので、思い切って声をかけさせて頂きました。『あの、もしよかったら、ご案内しましょうか?』すぐに笑顔で『ありがとうございます。階段の左側までお願いできますか?階段まで行ければ、あとは大丈夫ですから』
とハキハキと答えてくれました。私の腕に捕まってくださり、ほんの数メートル先の階段までお連れすると、『ありがとうございました!』と明るく微笑んで、またしっかりとした足取りで階段を杖でたたきながら、進んでいかれました。その後も、私はなんとなく彼女が気になって、聞き耳をたてながら電車のホームを歩きました。時折、ホームの安全柵に杖が当たる音がしていましたが、彼女は歩くスピードを落とすことはなく、何も恐れていない様子でした。きっと私の助けが無くても、彼女は何の問題も無く階段へ進み、電車を乗り継ぐことが出来たのだと思います。でも、私のささやかな申し出を受け止めてくださり、私の小さな勇気に、笑顔でお礼を言ってくれたのでした。勝手に想像するに、これまできっと悔しい思いや悲しい思い、不安や恐怖に涙したことがたくさんあったのではないでしょうか。彼女の奥深くにある、力強く前を向くエネルギーが、どれほどの苦労の末に得られたものなのか計り知れないと思いました。心で、前を、人の心を、見ている彼女が、とても大きく眩しく見えました。

文・中村幸代








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