TopicsEssay

正解はひとつ?

2016.11
文:中村幸代



 少し前のことですが、息子が小学生の時の国語テストに、『借りる⇔( )』という問題がありました。つまり、「借りる」の反対の言葉を書き入れる問題です。この答えを息子は、「返す」と書き入れ、思いっきりバツをもらいました。そして、横に赤ペンで“ 「借りる」の反対は、「貸す」です!”と書かれていました。確かに。しかし、息子の答えも悪くないと思いました。借りたら返す。借りることと返すことが対になって、ごく自然に身についているとすれば、母親として嬉しいことだと思ったからです。

 以前も、ピーマンらしき絵が白黒で印刷されていて、『これは何の絵か4文字で答えなさい』という問題があり、「パプリカ」と答えた子供は、不正解だったと。そう、問題を作った先生は「ピーマン」という答えだけを求めていたことになります。パプリカを知っている小学生を、むしろ褒めたいと思いました。

 こうした一問一答スタイルのテスト問題は、いつも“正解はひとつしかない!”と、暗に子供達の自由な発想を狭めてしまわないかと気になります。色々な答えがあるから楽しい。人間らしい。そんな気がするのです。そして子供のうちから、自分の中の自由な発想を、周囲の反応を恐れずに語れたり、お互いに発想の違いを面白がったり、大切にし合えたならば、多様性を認め合える生きやすい社会になるのではないかしらと、そんなふうに思うのです。


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