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こんにちは

2015.12
文:中村幸代



 娘が小学一年生の時に、近くの警察署の方が「不審者の対応」という授業をしてくださいました。「知らない人に声をかけられても、絶対に言うことを聞いてはいけないよ」、と。その後、見ず知らずの人に「こんにちは」と言われたら、すぐにその場から逃げなさいという指導になり、警察署の方が悪人役で「こんにちは」と子どもに声をかけ、子どもはその場から逃げるという訓練を繰り返したのでした。「こんにちは」と言われたら「逃げなさい」と教えなければならない社会ってどうでしょう。ずいぶんショックを受けました。

 海外を旅していると、知らない人同士、気軽に「Hello!」とか「Hi」などのあいさつを交わしていて、とても気持ちが良いですよね。日本人観光客は店内に無言で入ってくるので、海外の店員さんは気味悪く思っていると聞いたことがあり、私は海外だけでなく日本でも小さなお店に入るときは、「こんにちは」と店員さんに声をかけるようにしています。すると、店員さんも気持ちよく迎え入れてくれる感じがして気持ちがいいものです。

 最近ちょっと嬉しいことがありました。今の家に引っ越してきてからずっと、近所に住むおじいちゃんと会うたびに、「こんにちは」と挨拶をしてきました。はじめのうちは「誰?」という表情をされて返事もしてもらえませんでした。けれど、少しずつ会釈をして下さるようになり、ついに7年目にして初めて「こんにちは」と笑顔で返してくださったのです。いやあ、嬉しかったです。あのおじいちゃんと特別仲良くなりたかったわけではないですが、一方通行の「こんにちは」はやはり寂しいものですから。

 「こんにちは」と言われたら「逃げなさい」と子供に教えなければならない社会は、どう考えても〝残念″です。身を守るために仕方のないことですが、逆に「こんにちは」と言っていくことも素敵なことだと、子ども達に知って欲しいなと思っています。


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